もう眠るべき

たまに自分って無理してないか、って思う時がある。

そりゃ誰しも多少無理をする時はあるけど、そういう一時的なキャパギリギリの頑張りとかそういう話ではなく、自身を抑圧して生きてないか、みたいな問いを自身にする時がある。

まぁ生き方をそう簡単に変えられる訳では無いので、考えたところで無駄っちゃ無駄じゃないけどほとんど徒労みたいなもんだろう。

たまに目の前の全ての人間が無理をしているように見える時があって、その中でも潜むのが下手くそな奴の(もしくは生きるのが上手い奴の)心配をすることがよくあるけど、他人の心配なんかしてなんになるんだ。どうせするけど。

僕は自分のことをよく理解しているし、どういう時どういうことをするかもよく分かってるしこの世でいちばん信頼しているから自分について何を心配すればいいのか分かってるし、何がやりたいのかもよく分かってるし、やりたいけど出来ないことも、やりたくないのにやらなきゃいけないこともよく分かってる、と思う。

けど、理解しているつもりでもしかしたら無理をしているかも、と全く考えないわけじゃない。というか本当は楽しいことが嫌いかもしれないし、遊ぶのが嫌いかもしれないし、寝るのも食うのも嫌いかもしれないし、誰にも会いたくないかもしれないし、大嫌いな奴とよく一緒にいるかもしれない。嫌いな音楽を聴き続けてるのかもしれないし、世界一ダサいと思ってる服を大事に着てるかもしれない。

まぁでもそこそこ楽しいからいいや。というか自分について深く考えたところで自分で答えが見つかるわけないし、なんなら迷走だろ。むしろ自分が好きだと思ってることに対して負の感情が表面化してきてから考えればいいや。自分について対症療法以外で解決する方法があるなら、それは未来予知か自殺なんだろうな。どちらかでも出来たら見える世界が変わっちゃうんだろうな。どうでもいいけど。